田中一成

「最良」の精度保証付き数値計算
を目指し新しい数学を創造する

田中一成
TANAKA Kazuaki
理工学術院総合研究所
数理科学研究所
次席研究員(研究院講師)
Q 数学と応用数理の違いは、どんなところにありますか?

どちらも深い数学の知識が求められることに変わりはありません。応用数理というと、数学を何かに応用するという印象を持たれることが多いのですが、実はそれは一面に過ぎません。「応用先の知見を数学に還元し、それをまた応用する」この繰り返しが応用数理と言えるでしょう。
数学の発展に寄与すると言う意味では、数学も応用数理も変わりません。本質的には分ける必要はあまりないのかもしれません。違いがあるとすれば、哲学ということになるでしょうか。作法、型のようなものとも言えるかもしれません。
我々は、数学をさらに使いやすいものにしたり、改良したりする。誤解を恐れずに言えば、「新しい数学」を創造することも視野に入れています。
応用数理は例えるなら総合格闘技と言えます。問題や課題解決のためには手段を選ばない姿勢を指してのことです。対して、純粋数学は武道のようなものでしょうか。先人の教えの継承と伝達と追求により重きを置いています。
総合格闘家は何か自分のルーツとなる競技――空手・柔道・ボクシングなど――を極めてから、他の競技のプロフェッショナルと対峙します。我々のルーツとなるのは、あくまで数学ですが、それを武器として磨き上げる。そのためにコンピュータを用いて、数値計算やプログラミングの技術を総動員しています。

Q先生の専門を教えて下さい。

数理科学研究所という数学科・応用数理学科が中心となって設立された研究所に研究員として在籍しています。
私自身も両学科の授業を受け持ったりサポートをしたりしますが、数学・応用数理の教員たちで構成されている関係で、両学科との連携が密なのも当研究所の特徴だと思います。
数理科学研究所は、理工総研の重点研究領域の1つです。非線形解析学、計算数理科学、統計数理科学の研究班があるのですが、私は計算数理科学研究班で、精度保証付き数値計算の研究をしています。
「精度保証付き」というと、精度が高いという印象を持たれるかもしれません。もちろん、精度の高いものを目指すのですが、その精度を「保証」するというのが、ポイントです。1つ例を挙げましょう。2次方程式の解の公式を用います。以下の2つは数学的に同値な式ですが、これをコンピュータを用いて近似計算をすると、その結果に約20%もの差があることが分かります。どちらも数学的に正しい式なので、どちらが正しいのか判断することができません。そこで「区間演算」という精度保証技術を使うと、数値の上限と下限が算出されます。この「幅」が大きいと計算としては信頼するに足りない。つまり精度の悪いものだと判断できます。

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※上記の例・解説は柏木雅英教授による解説http://verifiedby.me/lorenz-matlab/から抜粋したものである。

最新のスーパーコンピュータでは、1秒に10の17乗もの計算が行われます。ここに誤差が混入すると、その速さで加速度的に誤差が積み上がっていきます。精度保証することがどれほど重要かおわかりいただけると思います。
企業や大学の研究者が数値シミュレーションをする際には、この「精度」を常に気にしています。しかし、それを保証できるすべはこれまでほとんどありませんでした。卓上電卓にしろコンピュータにしろ、いつもの数値計算がいつの間にか自動的に精度保証されている。このような状態になれば、ユーザーは安心して本当に取り組むべきことに集中できます。そういう意味でも非常に重要な研究です。
「最良」を追求したい。それが私の哲学です。数値計算の精度というのは、追っていくときりがないものと思われがちです。しかし『誰々の手法より精度が良い』『いや自分の方がそれより精度が良い』これで満足してしまうスタンスは好きではありません。そこに理論的最良はこれだと提示できれば、その研究に終止符を打つことができます。その「最良」を保証できるのも数学です。

数学の未解決問題
ナビエ・ストークス方程式に立ち向かう

2次方程式を例にあげましたが、これを偏微分方程式などのより高度なものに応用しています。世の中の多くの複雑現象が偏微分方程式で記述できるので、私の大きなモチベーションの1つです。その中でもナビエ・ストークス方程式という流体の方程式は、100万ドルの懸賞金のかけられた数学の未解決問題として知られていますが、それを精度保証付きで解くというのが夢の1つです。

何でも良いから「目的」を持って
入ってきて欲しい

Q 応用数理学科を目指す人に伝えたいことはありますか?

なんでも良いので、「目的」を持って大学に入ってきて欲しい。
私は英語学位プログラムの授業も受け持っているのですが、留学生の彼らは強い目的意識を持っています。とはいえ、とりわけ高尚な目的ばかりではありません。ある学生は、とにかく全ての授業でA+を取ることを目的としていました。成績が国に帰ってからの就職先に強く影響するのでどうしてもA+がいる。そのためにどうすればいいですか?と躊躇することなく聞いてきました。こういう学生が、学習を続ける中で、研究者になりたいとか、数値計算を極めたいとか「目的」を変えていく姿もよく見ます。しかし目的を持たずに入ってきた人が、入ってから見つけたというのは、あまり見たことがありません。目的を持つという意識そのものがないからだと思います。目的意識を持つためには、自分は何が好きなのかと自分に問いかけることがきっかけになるはずです。
私の哲学として「最良を目指す」という話をしましたが、これは研究という行為そのものでもあります。研究というのは自分の好きな分野で世界一、すなわち最良を目指すということです。もっと言えば現状の最良ではなく「理論的最良」であることが理想です。
大学は教育機関の中でも特別な、教育・研究機関です。その意味で世界一に挑戦できる場所なんです。だから、自分はこれが好きなんだということを見つけて、それと応用数理学科がリンクする点があれば、ぜひ、進学してきてほしいですね。数学をベースに世界一を目指す。皆さんの想像以上の世界が待っていることは、私が保証します。