清水泰隆

応用数理学科でノーベル賞?

清水泰隆
Yasutaka Shimizu
教授、博士(数理科学)

アカデミアにおける賞の最高峰としてよく知られているのはやはり「ノーベル賞」でしょうか。毎年ノーベル賞の時期になると、誰が受賞するのか?日本人の受賞者は?などとニュースでも大騒ぎです。ノーベル賞はダイナマイトの発明者であるスウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベルが、その遺書の中で「人類に最大の貢献をした者を表彰する」として1901年に創設されたもので、物理学賞、医学生理学賞、化学賞、文学賞、平和賞に加え、経済学賞※1 があります。

※1 厳密には「ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」で、正式な「ノーベル賞」の部門ではないのですが、慣例として「ノーベル経済学賞」と呼ばれています。

ノーベル賞の謎

さて、この中に「数学賞」という部門はありません。数学も科学の発展には欠かせない学問で人類の発展には大いに貢献しているはずですが、どうしてノーベル賞には「数学賞」が無いのでしょうか?これには様々な説があるようで、当のノーベル自身が「数学は社会の役に立たない」と思っていた節があり数学賞を作らなかったという説が一つ。もう一つは、ノーベルの恋敵であったミッタク・レフラー※2 という数学者に賞を取らせたくないという理由で数学賞を作らなかったという説です。
さて、その真偽はともかく、我々の応用数理学科(応数)では様々な対象を相手にして「数学」を研究することになり、研究の大半は数式をいじって数学の研究をしています。このように聞くと、「応数でノーベル賞は取れない」と魅力も半減してしまうでしょうか?しかし、ご心配には及びません。数学賞はなくても、応用数学で「ノーベル賞」を受賞した研究者は数多く存在します。

※2 複素解析学の分「ミッタク・レフラーの定理」として名を残す偉大な数学者です。

ノーベル賞を受賞する数学者たち

例えば、物理学賞で応用数学が活躍しているのは想像に難くないでしょう。最近だと2016年「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」によって、D.サウレス、D.ホールデン、M.コステリッツの3人が物理学賞を受賞しましたが、トポロジー(位相幾何学)と物質の数理というのはまさに応数の主要科目の一つです。その他にも、相転移現象に関するボース=アインシュタイン凝縮にはソリトン方程式という数理モデルが、また、多くの日本人受賞者を輩出した素粒子物理では、群論などの数学を用いて様々な現象が予言されたこともあります。
そして意外かもしれませんが「経済学賞」で数学者が大活躍します。映画「ビューティフル・マインド」のモデルとなったJ.ナッシュは「ナッシュ均衡」で知られる市場の均衡理論に関する研究(ゲーム理論)によって1994年に経済学賞を受賞していますが、彼は偏微分方程式や微分幾何を専門とし「アーベル賞」なども受賞した著名な数学者でした。資源の最適配分に関する研究で1975年に受賞したロシアの数学者L.カントロビッチは「ニュートン=カントロビッチの定理」でその名が知られ、これは偏微分方程式の解に対する精度保証付き数値計算に利用されています。金融工学の分野でF.ブラックとM.ショールズが提唱し有名となった株価とオプションに関する「ブラック=ショールズ理論」は経済数学のR.マートンがその数学的正当化を行い、1997年にショールズと共に経済学賞を受賞※3 。この証明には日本人数学者・伊藤清が発見した確率微分方程式に対する「伊藤の公式」が用いられ、マートンが「伊藤こそが受賞するべきだ」と発言し話題となりました。その他、経済行動学の研究で2002年に受賞したD.カーネマン、経済時系列モデルの因果性検証と実証分析で2003年に受賞したC.グレンジャーとR.エングルらはいずれも統計学の教授です。

※3 ブラック教授は当時すでに逝去しており、受賞対象とはならなかった。

応用数学の守備範囲は極めて広い

実は、上に挙げた数学的キーワード:位相幾何学、群論、ソリトン、偏微分方程式、微分幾何、ゲーム理論、精度保証付き数値計算、金融工学、確率微分方程式、経済時系列、統計学などはすべて応数の科目。我々応用数理学科では、現実の問題を数学の問題に落とし込み、時には抽象論を駆使し、時には新しい理論を創造し、物理現象、社会現象、情報、数値計算などを「数学する」のです。このように応数の守備範囲は極めて広く、応用数学はまさに複合的総合科学と言えるでしょう。皆さんも応数でノーベル賞を目指してみませんか?